滑らかに動く車の中で、司は書類から顔を上げた。
何かに気づいたわけではないが、窓からの光を追って外に目を向けた。
道行く人々を何気なく目で捕らえていると、ふと考えが浮かんだ。
『つくし、なにしてんだろうなぁ。会いてぇな。』
NYに来て3年経ち、仕事と大学で日々をすごす司には窓の外の自由な人々が羨ましくてしょうがなかった。
つくしとは静の結婚式であったのと、つくしが怪我をしたとき日本に行った時だけしか会っていなかった。
あれほど望んだものが手に入ったのに、そのとたん離れなければならなかったせつなさ。
3年前の自分にはあぁすることが必要だったと思っている。
その決断に迷いも無かった。
しかし今の忙しさや大変さよりも、つくしに会えないことが思っていたよりも辛かった。
会いたい、声が聞きたい、触れたい。
NYでの司は気を緩めることの出来ない生活の中、
つくしのことを考えることで安らぎを得ていた。
『もうすこしだ。もう少しで4年経つ。
そしたら誰になんていわれようと迎えに行く。』
司はそう考えると手にした書類に目を落とした。
『今日はあいつに電話しよう。』
そう考えながら。
「よう、なにしてた?」
「・・・・なにって。寝てたわよ」
「ふ~ん。今日はなんかあったか?」
「えっ!?い、いや別に・・・ あっ、F3とあったかな。」
「・・・なんであいつらと会ってんだよ。お前またキョトキョトしてたんじゃ・・・」
「うっさいわね。いちいちすごむな!たまたまカフェテリアであったのよ!
おんなじ大学なんだから会うに決まってんでしょ!」
「ちっ。しかたねぇな。いいかあいつらも男なんだからな!
特に類とはあんましゃべんな!」
「・・はいはい。それよりあんたこそ仕事ちゃんとやってんの?」
「当たり前だ。まぁオレ様にかかれば余裕だな。」
「あぁそうですか・・・」
「じゃあもう切るぞ」
「・・・あっ、うん。 ・・・その、体に気をつけてね。あの・・・」
「なんだ?」
「好きだから。おやすみ・・・」
「・・・あぁオレもだ。またかける、じゃあな。」
「うん」
つくしから聞いた思いがけない言葉に胸を熱くし名残惜しく思いながら電話を切った。
しばらくうれしそうにそれを眺めていたが、すぐに呼びに来た秘書と部屋をあとにした。
この電話から数ヶ月、司はイライラしていた。
最近電話がつくしに繋がらない。
つくしから折り返しかかってくることもあるのだが、司が取れることは稀である。
前は日本が夜中でもつくしは電話に出ていたのだが、最近はほとんどそれがない。
つくしにも都合があるのは分かっている。
しかし声が聞きたいときに聞けないことが辛かった。
『なんだよ、こないだの電話は珍しく素直だったのに。
俺の電話に出たくねぇのかよ』
そんなことは無いと分かっていても司の苛立ちは抑えられなかった。
「司様、取材の方が見えてます。時間ですので、応接室のほうへ」
「あぁ、わかった」
つくしのことを考えていると、秘書が部屋に入ってきた。
『経済誌の取材だったか?めんどくせぇな』
財閥の後継者として動きははじめてから、司には数多くの取材申し込みが来ていた。
初めは珍しさからだった取材も今では司自身の考えを問う真剣なものだけになっていた。
「はじめまして。今日はよろしくお願いいたします」
「よろしくお願いします。」
自己紹介がすんだ後、取材が始まった。
かなり大きな経済誌だったため質問内容も充実したものだった。
1時間程度の取材だったが記者は質問を早めに切り上げ、最後に写真をといってきた。
何枚か写真を撮られた後、記者はもう一つ司に質問をしてきた。
「道明寺さんはいまだご結婚されていらっしゃらないですが、ご予定はないんですか?」
「今はそういった個人的なことよりも会社のことが優先ですので」
司は取材の度に聞かれるこの手の質問も、その裏の意図があるということを学んでいた。
財閥の後継者となればその結婚は経済界に大きく影響する。
付き合っている人間がいると答えれば執拗に聞いてくることもわかっていた。
今回もさして追及を受けるようなことは言わずにいた。
しかし記者が言った言葉に司はショックを受けた。
「そうですか。日本でいた頃親しかった女性とはすでに関係を絶たれているんですよね?
もし別の方がすでにいらっしゃるならと思ったんですが、失礼しました。」
記者の言葉がつくしのことを言っているのは司にはすぐに理解できた。
「日本での女性というと?」
「高校生の頃にそういう女性がいたというのは有名ですよ。
こちらに来る前に会見で迎えに行くとおっしゃっていましたよね?その方です。」
確かに司は会見でそういっていたし、隠してるつもりも無かった。
しかし今までの取材でそうはっきりといわれることはなかったので、気にしたことは無かった。
なのにつくしとの関係を把握されていた上、すでに関係が無いといわれるとは思っていなかった。
「その女性については出版社の多くが気にかけていましたよ。
なにしろ道明寺財閥の今後に大きく関わってきます。
けれど確信を得られる情報が無いし、その・・・ 下手なことはできないでしょう?
けれど最近その女性が日本でよくパーティーに出ていると知りまして。」
「パーティーですか?」
司はつくしのことと分かっていたが、あまりにも似合わない単語に驚いた。
「えぇそうです。もちろんパートナーはあなたではないし。
その様子が雑誌にも載っていますしね。
だから彼女との関係はもうないというのが私たちの業界の見解なんですよ。」
「・・・・・そうですか」
「しばらくは会社に専念するということで理解させていただきました。
出すぎた質問はどうかお許し下さい。今回は有難うございました。」
「いえ、こちらこそ有難うございました。」
司は怒りで震えそうになる自分を抑えなんとか記者に対応し、部屋に戻った。
机の上で手を組み、頭を乗せ考え始めた。
『どういうことだ?明らかにつくしのことを言っていた。
ただパーティーってのは何だ?そんなこと聞いてない。』
司はすぐに秘書に連絡した。
『確かめないとな。そのパートナーってやつも・・・』
司の中はすでに真っ黒な感情でいっぱいだった。
「・・・・どういうことだよ。」
司の手には先ほど秘書が持ってきた書類があった。
それを持つ司の手は震え始め、信じられない思いでを通していた。
そこにはここ数ヶ月の日本の雑誌記事がまとめられていた。
『西門流次期家元のお相手は!?』
『美作商事Jrに本命の彼女!!』
見出しと共に添えられた写真にはそれぞれ総二朗やあきらと写っているつくしがいた。
写真の中でのつくしは、はずかしそうな笑顔を二人に向けていた。
着物やドレスをきたつくしを二人がエスコートしている姿は、確かに付き合っているとしかいえない気がした。
疑問や嫉妬を振り切り、司は最後の一枚を手にした。
『花沢物産御曹司、恋人を両親に紹介!結婚まじか?』
血の気の引いていくのを感じたまま写真に目をやった。
そこには類の両親と類、つくしの4人が食事をしている場面が写っていた。
司は青い顔のまま記事を読む。
『花沢物産御曹司、花沢類さん。某日、都内のホテルで両親との食事風景を捉えた。
その中には家族以外に一人女性がおり、4人で和やかな食事が進められていた。
花沢類さんは大学や花沢物産内で、女性から人気があることで有名。
しかし、特定の女性との噂は一切なく、周囲から企業の将来を不安がる声も聞こえていた。
そんな中、花沢類さんの恋人と目される女性の登場は衝撃を与えた。
正式な発表はいまだないが、時機を見て行われるのではないかと考えられる。』
全ての記事を読んだ司は呆然としていた。
数ヶ月前まで確かに愛し合っていたはずのつくしの行動が分からなかった。
しかも相手は3人とも自分の幼馴染である。
司には何がなんだか分からなかった。
記事をみてから1週間、司はつくしに連絡できずにいた。
本当ならばすぐにでも問いただしたいところだが、もしこれが本当だったら自分は耐えられない。
自分の中にある不安で、どうしても電話をかけれないでいた。
「はぁ・・・」
司はため息と共に携帯を机に置き、今日もつくしとの電話を諦めた。
そしてあれから何度となく読み返した記事を、再び手にした。
着物を着たつくし。ドレスアップされたつくし。そして・・・
穏やかな微笑みを類とその両親に向けるつくし。
そのどれもが司の知っているつくしよりも数段美しい姿だった。
その姿を目にし、いとしい気持ちと同時に苦しさがこみ上げてきた。
『俺が知らない間にこんなに綺麗になったんだな。あいつらはそれをそばで見てきた・・・
見た目が変わったように、お前の気持ちももう変わっちまったのかよ?』
部屋の窓から外を見ると、司が来たときから変わらぬNYの夜景がそこにあった。
約束の4年を目前にして、司はやりきれない気持ちでいっぱいだった。