つくしが目を覚ますと、しばらく自分がどこにいるのか思い出せないでいた。
目の前にはずいぶん大きな窓があり、そこから差し込んでくる日の光は柔らかかった。
窓の向こうの景色も手入れされた緑がどこまでも続いていた。
『どこだっけここ?』
体を起こそうとすると強い力でその動きを止められた。
『何?』
自分の体を見下ろすと腰にしっかりと回されたたくましい腕が見えた。
しばらくその腕を見ていたつくしだが徐々に頭が覚醒し、その腕の理由に気づいた。
『そうか。道明寺帰ってきたんだっけ・・・』
そう考えると自分の背中に暖かな体温が寄り添っていることがわかる。
『あぁ、落ち着く・・・ すっとこうしてたいな・・・』
つくしがそう考えもう一度目を閉じようとすると
「俺も」
という声が後ろから聞こえてきた。
その声にびくりとし慌てて話しかけた
「お、おきてたの?」
「あぁお前が動いたから目が覚めた」
「ごめん。あたしもう起きるからさ、道明寺もう少し寝てたら?」
「司」
「・・・・・」
「つ・か・さ」
「なに?急に?」
「昨日はそう呼んでたのに、戻ってる」
「なっ!?」
「司って呼べよ、つくし」
「あっ、あんた!何いってんのよ!?昨日はなんていうか・・・
急に呼び方なんて変えられるか!」
「いいじゃねぇか。大体お前が道明寺になったらどうすんだよ。
今から名前でよんどいたほうがいいだろ?」
「あたしか道明寺になったらって!?そ、そんなのまだ先だし、今名前で呼ぶ必要は・・・」
「へ~、まだ先ってことはいつかはなるんだな?」
「うっ、いや、その」
「なぁ、いいじゃねぇかよ。名前で呼べよ。
俺お前に名前で呼ばれたときすげ~嬉しかったんだぜ?」
「くっ・・・・ 分かったわよ・・・・
そのかわりあんたもあたしのこと名前で呼びなさいよ!」
「当たり前だろ」
司はそういうとつくしの体を急に自分のほうに向けた。
つくしは司の腕の中で恥ずかしさに身じろぎしながら会話をしていたが、
急に体の向きを変えられたことに驚き、司の顔を見た。
文句を言おうと見上げた司の顔は見たことも無いほど穏やかな笑顔だった。
つくしは言おうとしたことも忘れ、その顔に見入ってしまった。
「なんだよ?みとれてんのか?」
「みとれてなんかない!?あっ、あんたが変な顔してるから、だから・・・」
真っ赤になって反論してくるつくしに笑いかけながら、その体を司は強く抱きよせた。
「お前、また声に出してたぞ?」
「え?なにを?」
司の行動とセリフに驚きながらつくしは聞き返した。
「『落ち着く。ずっとこうしてたい。』っていってたぞ。だから俺もって言ったんだろうが」
司はこういうとニヤリと笑いつくしを見下ろした。
「うそっ!?声に出てた?」
つくしはそういいながらも真っ赤になった。
つくしの様子を見ていた司は、もう一度つくしは掻き抱き
「俺もそう思う。お前が腕の中にいるだけですげ~落ち着く。もう離したくない」
「・・・・・うん」
つくしは司も同じ事を感じててたことが嬉しくてくすぐったいような気持ちになった。
二人が幸福に酔いながらまどろんでいると、ベッドサイドで電話が鳴り始めた。
「・・・・あの。電話・・・」
一向に電話を取るそぶりを見せない司につくしがおずおずといった。
司はそういわれ渋々電話をとった。
「・・・なんだ?」
不機嫌さを前面に出しながら司は答えた。
「おはようございます、司様。美作様たちがお見えになりました。
ただいまお部屋でお待ちいただいております。」
「あきらたちか・・・。待たしとけ。」
司がそういうとつくしは目を吊り上げ司から受話器を取り上げた。
「すぐ行きます!」
「おい!」
司が何か言う前につくしは受話器を置き、電話を切ってしまった。
「何すんだよ!」
「何じゃないでしょう?美作さん達来てるのに、待たせとけってどういうこと?
さっさと着替えて会いに行かないと」
「あいつらは待たしとけばいいだろ?俺はお前とゆっくりしたいんだよ!」
「もう来ちゃってるんだからしょうがないでしょ?
あんたが行かなくてもあたしは行くからね!」
つくしはそういうと着ていたバスローブの前を直しながらベッドから出ようとした。
司は慌てて「ちょっと待てよ」とつくしの腕をつかみ、引き止めた。
「なによ?」つくしはむっとしながら司を見返した。
「あぁ、いや・・・ その・・・」
「? なによ、はっきり言いなさいよ」
「あの、お前さ・・・ 体・・・・ 平気なのか?」
司は珍しく言いよどんだ挙句、少し顔を赤らめてこういった。
「は?」
司の突然の言葉を理解できなかったつくしは一瞬怪訝そうな顔をし、
その後見る見る顔を真っ赤にしていった。
「あんた!何てこと言うのよ!」
「いや、仕方ないだろ!?俺にはわかんないことだし。お前に無理させたんだし。」
「・・・・・うん、別に平気。そんなに体がきついわけでもないし。ありがとう、つ、つかさ」
「!! おぉ・・・」
「あたしシャワー浴びてくるから・・・」
「わかった」
つくしは真っ赤になりながら、司に礼をいいバスルームに駆け込んだ。
司はまだつくしと二人でいたかったのだが、突然名前を呼ばれつくしの腕を離してしまった。
嬉しさでしばらく赤い顔もままつくしの消えていったバスルーム見ていた司だったが、
あきらめて自分も別のバスルームに向かった。
「「よっ司」」
「司、おはよ~」
「おはようございます、道明寺さん」
「なんなんだよ、お前ら」
ニヤニヤと笑いながら司に笑いかける二人や、普通に挨拶してくる滋と桜子に怒りを含んだ返事をする。
しかしあきらと総二朗は全く気にすることはなく、司の両肩に手をかけ話しかけた。
「まぁそういうなって」
「そうだぜ?昨日は牧野と楽しい夜を過ごせたんだろ?」
「そのために俺らがどんだけ協力したか」
「そうそう、ありがたく思えよな」
正直いえば今回のことに感謝していた司は、イライラしながらも反論できないでいた。
司が言い返してこないのをいいことに二人はなおも話し続けた。
「「それでどうだった?」」
「なにが?」
「「初めての夜は?」」
「おまえら・・・」
ドカッ
バキッ
鈍い音を立てて司は二人を殴りつけた。
確かに感謝はしていたが、そこまでいう気は無かった。
「いってぇなあ」
「いいだろうが、ちょっとぐらい聞いたって」
「「やっとお前が大人になったんだしなぁ~」」
二人は殴られたことにも懲りず、まだ質問を続けようとした。
司が青筋を立ててもう一度殴ろうとした時つくしが部屋に入ってきた。
「ちょっと何やってんのよ!?」
「あっつくしおはよ~」
「先輩おはようございます」
「・・・二人ともおはよう。」
まだ午前中だというのにテンションの高い滋に、若干引きながらつくしは挨拶をする。
「どうしたんですか?こんな朝早くから」
「だって昨日は司とつくし途中で帰っちゃったでしょ?だから話を聞こうと思って」
「あっ、そっかごめんなさい。何にも言わないで帰っちゃったんですよね」
「花沢さんに聞いたんで、別に気にしないで下さい」
「そうだよ~。それよりさ司とはどうなったの?」
「へっ?」
「へじゃないですよ。それを聞きに来たんです。当たり前でしょう?
あんなに色々と協力したんですから、結果ぐらい聞きに来ますよ。」
「あ、うん・・・」
滋と桜子ににじり寄られ司との事を聞かれたつくしは真っ赤になりながら返事をした。
「先輩・・・ その反応は・・」
「きゃ~つくしとうとう!?おめでとう~!!」
「やっと女になったんですね。遅すぎる気もしますけど・・」
「いや、あの、うん・・・」
二人の反応にますます顔を赤らめ返事をするつくし。
「じゃあ司と上手くいったんだね。」
そういうと涙ぐむ滋と桜子につくしも胸が熱くなった。
「うん、色々ありがとう滋さん桜子。」
つくしがそういうと滋と桜子は「お祝いしよう」といい使用人にお茶とケーキを持ってくるよう伝えた。
つくしがその様子を感謝しながら見ていると後ろから呼びかけられた。
「牧野」
「類?」
声の主気付き、振り返ると穏やかに微笑んだ類がいた。
「牧野。もう大丈夫みたいだね。」
「うん、類も色々有難う」
「有難うはもういいよ。みんなしたくてしたことでしょ?
それより司の誤解は解けた?なんかまだ殴られそうなんだけど」
そういうと類は司のほうを振り返った。
つくしがつられて視線を向けると、青筋を浮かべたまま苦い表情の司がいた。
「あんた何怒ってんのよ?」
「怒ってねぇよ」
明らかに怒りのオーラをまといながら言う司につくしも食って掛かった。
「怒ってんじゃない!写真のことは誤解だって言ったじゃない。三人のことも殴んないって言ったのに!!」
「別にそのことを怒ってるわけじゃねぇ!大体あきらと総二朗を殴ったのは別の理由だ!!」
「何よ結局怒ってんじゃない!なんで二人を殴ったのよ!?」
「それはこいつらが・・・」
そういうと顔を赤くしそっぽ背く司に、つくしはなおも怒鳴りかけた。
「じゃあ一体なにを・・・」
「いやいや牧野、司が怒ってんのはそのことじゃねえんだよ」
「そうそう、俺らがちょっと聞いたらいきなり殴りかかってきてさ」
「「全然大人になってねぇよ」」
そういうと二人はわざとらしくため息をつき、つくしのほうを見た。
「・・・何聞いたの?」
二人の表情に嫌な気配を感じながらつくしは聞いてみた。
すると二人は手を合わせたままつくしの顔を覗き込み
「「鉄パンツ脱いだ感想は?」」
と聞いてきた。
その瞬間目を見開いたつくしは首まで真っ赤になり、口を空けたまま固まってしまった。
二人がその矛先をつくしに向け質問したのを聞き、司は地の底を這うような声を出してきた。
「お二人とも何聞いてるんですか?そんなの答えられるわけ無いでしょう?」
なおも続けようとする二人を殴ろうとしていた司だったが、冷静に反論したのは桜子だった。
つくしは救われたように桜子を見たが次のセリフを聞いてがっくりとした。
「経験の無い人に聞いたってしょうがないでしょう?答えようが無いですよ。
大体奥手の先輩が初めてのことなんて覚えてるわけ無いですよ、相手は道明寺さんなんですし。
その質問は先輩が回数を重ねてからしたらどうですか?」
「いや桜子、初めての経験ってのは大事だからな。」
「そうだぜ。回数重ねたら初めてのときの感想なんか忘れちまうだろうが」
「どっちにしろ俺もつくしも答えるわけねぇだろ!!ふざけんな!!
それに桜子!相手が俺だからなんだってんだよ!?っていうかこいつの相手なんて俺以外ありえねぇ!!」
部屋中に響くような声で反論する司だったが、内容が微妙にずれてきてることに気付いてはいなかった。
その間もつくしは赤くなったり青くなったリを繰り返していた。
「お茶とケーキもらってきたよ~」
滋の言葉に、全員が一旦落ち着こうとソファーに座った。
「ていうかさ司」
「あぁ?なんだよ」
「牧野のことつくしって呼ぶようになったんだね」
「!!」
「!?」
類の言葉に司はまたも真っ赤になり、つくしは手にしたティーカップを落としそうになった。
「おぉ~、そういえば」
「だな」
「やっぱり一線越えると」
「「違うな~」」
二人の言葉に司は付き合ってられないとばかりにそっぽを向き、つくしも真っ赤になったまま下を向いた。
「じゃあさ、つくしも司のこと名前で呼ぶの?」
「そういうことになりますよね。道明寺さんだけってことないでしょうし」
「うぅん、まぁ・・・ 出来るだけ努力する・・・」
つくしが恥ずかしくなって小声で答えると
「はぁ?何言ってんだよ、当たり前だろ。努力とか言ってんじゃねぇよ。
朝そうするってお前も納得したじゃねぇか!!」
つくしの言葉に司が怒りを表すと
「そうだけど、いきなり変えるなんて恥ずかしいじゃない!名前で呼ばないって言ってるわけじゃないわよ!」
「恥ずかしいって何だよ!?俺は恥ずかしくねぇ!!」
「あんたはそうでも、あたしは違うのよ!!」
「てめぇ、俺のこと好きっつったのは嘘なのかよ1」
「なっ!?それとこれとは関係ないでしょうが!そんなに文句言うなら一生呼ばないわよ!!」
二人の喧嘩を全員はあきれながら見ていた。
「何なんだよこいつら」
「昨日まであんなに深刻だったのは何なんだよな・・・」
「くくっ、いいんじゃない?二人らしいよ、このほうが」
「そうだね~、言い合ってる二人をみてると和むよね~」
「滋さん・・・ 全然和みませんよ。もう少し落ち着いてほしいくらいです。」
出てくる言葉はそれぞれだが、全員が昔と同じ二人の様子を暖かい気持ちで見ていた。
「じゃあな、もうすぐ帰ってくるから」
「うん」
司の帰国の日になり、つくしは車に乗り込もうとする司に笑顔を向けた。
昨日一日、司と過ごした時間をつくしは思い出していた。
一昨日まであれほど不安に思っていた気持ちも、今はもう感じなかった。
あと一年、たとえそれ以上になったとしても耐えられる自信があった。
今、二人に間には不安や疑問はもう無い。
互いを見つめる目には信頼と愛情が浮かんでいた。
司は微笑むつくしを抱きしめそっとキスをした。
ゆっくりとつくしから離れ、その顔を見ると驚くほど美しい表情で笑うつくしがいた。
もういちど触れるようなキスをすると、そのままつくしの耳元へ口を寄せ囁いた。
「いってくる」
「いってらっしゃい」
つくしはその言葉に笑顔で返事をした。
今日の二人に離れることへの不安は無かった。
それよりも別れを言うのはこれが最後になるのだという喜びと、
次に再会するときへの希望で胸がいっぱいだった。
司の乗った車が出発し見えなくなると、つくしは空を見上げた。
綺麗に晴れた空を見たつくしは、そのさわやかな空気を胸いっぱい吸い込もうと大きく深呼吸した。
Fin