美味楽作

 9月の終わり。

夏の暑さも影を潜め、すでに空気には秋の匂いが漂っていた。
 
「お疲れ様でした~」
 
バイト先を出たつくしは大きく深呼吸する。
『あぁ、もう秋なんだな』
自分を包む空気にその匂いを感じ、季節の移り変わりを満喫する。
 
 
大学3年になってた今も、学校やバイトと忙しい毎日のつくし。
すっかり涼しくなった駅までの道を、すがすがしい気持ちで歩きだした。
駅のそばの賑やかな通りに差し掛かると、ふと風に乗っていい香りを感じた。
『この匂い・・・』
香ばしい香りに自分の体は反応し、急激におなかが減っていくのを感じた。
『あぁ~、いいにおい。今日は帰ったらお好み焼にしようかな』
 
つくしが目を向けた先には『もんじゃ・お好み焼き』の暖簾があった。
わずかに開いた扉からは、その匂いで客寄せをしようとしてるのか、ソースのいい香りが漂っていた。
しばらくその匂いに夢中だったつくしは、我に返ると足早に駅へと向かった。
 
 
 
「おはよ~、牧野」
「おはよ、美作さん」
次の日大学にきたつくしはカフェテリアでF3に会うと、昨日のバイト帰りに秋を感じたことを話した。
 
「お~、牧野もたまには風流なこというんだな」
「たまにはってなによ?」
総二朗のからかうような口調にむっとし、つくしは反論する。
「あたしだって季節の変化を楽しんだりするわよ。」
「へ~、総二朗のトコでお茶を始めたおかげか?」
「そんなことないわよ!!」
 
総二朗やあきらにからかわれ、頬を膨らまして怒るつくしはこれ以上言う気をなくし、赤い顔のままそっぽを向いた。
しかしふと昨日の匂いのことを思い出し、すぐに向き直って話を始めた。
「ねぇそういえばさ、昨日そのバイト帰り駅のそばでね、お好み焼き屋さんがあってさ。すっごくいい匂いしてたんだ~」
「・・・・」
「・・・・」
昨日のにおいを思い出しニコニコするつくしを二人は黙って見つめた。
「?  何で黙ってんの?もしかして知らないとか?」
「・・・いや、お好み焼きぐらい知ってるけど。
やっぱりお前は食い気が優先されんだなと思ってな」
そういうと深いため息を出すあきらを見たつくしは
「だってしょうがないじゃない!!バイトの帰りでお腹へってたし、最近食べてなかったし。
昨日は家でお好み焼きにしようと思ったんだけど、進むがご飯作ってて・・・」
と反論してみたが、呆れたようなあきらの顔と、笑い続ける総二朗をみて段々と恥ずかしくなって声が小さくなった。
 
「ねぇ」
今まで黙って聞いていた類の言葉に3人が振り向く。
「俺、それ食べたい」
「?それって、お好み焼き?」
「そう」
「食べたこと無いの?」
「うん、ない。総二朗とあきらも無いと思うよ?」
「えっ?!そうなの?じゃあ何?二人ともお好み焼きも知らずにあたしのこと笑ってたわけ?」
「だからそれぐらい知ってるよ。食べたこと無いだけで。なぁ?」
「あぁ、それに前に椿姉ちゃんがTOJに出たとき作ってなかったか?
それをみたしな」
「司は食べたことあるって事だね」
「そうか?姉ちゃんが何で作れんのか知らないけど、司がそれを食べたかは疑問じゃないか?」
「道明寺は食べたことあるよ。だってあいつが食べたいって言ったから、椿お姉さん練習したって言ってたもん」
「!?まじかよ? じゃあTOJで勝ったのって司のおかげか?」
「そういうことになるな」
お好み焼きの話題で意外にも盛り上がる4人だったが、つくしはふと気付き2人に話し出した。
「っていうか、2人とも結局食べたこと無いんでしょ?それなのにあたしに文句言わないでよ」
「なんでだよ。牧野が色気より食い気なことに変わりは無いじゃんか」
「そうそう」
「全然違うわよ。食べたことある人なら『あぁ~、あの匂い嗅いじゃったら仕方ないよね~』ってなんのよ!
そのくらい魅力的な匂いなんだから」
ぜえぜえと息を切らして反論するつくしに圧倒される2人だったが、類だけは何事も無いかのように話を続けた。
「だから、俺も食べたい。牧野今日食べに行こうよ」
「えっ!!今日?」
「お~それはいいな。牧野がそこまで言うなら俺らも食べないわけにはいかないな」
「そうだな、一回くらい食べてみるのもいいな」
つくしを無視して話を進める3人を今度はつくしが唖然と見ていたが、昨日の匂いを思い出すとすぐに乗り気になった。
「いいわよ!じゃあ今日食べにいこう。ホントだったら家で作ろうと思ってたんだけど、あんたたちも食べるならすっごいおいしいお店につれてったげる!!」
「お前の言ううまいって・・・」
「なによ?その不安そうな顔は?
大丈夫!!そこはホントにおいしいんだから。家で作るのもいいけど、やっぱりお店の生地には負けるのよね~」
つくしはその店の味を思い出したのうっとりとした顔で話した。
「お前・・・
食べもんのこと考えてそこまで幸せそう顔するやつ中々いないぞ・・・」
「やっぱり食い気優先なんだな・・・」
「牧野らしいよね。可愛い」
呆れる二人を気にせず、お好み焼きに思いをはせるつくしを見ていた類の一言に、二人はもう一度ため息をはいた。
 
「ここに入るのか?」
「そうよ!」
夕方、4人はつくしの案内でお好み焼き屋前に立った。
しかしそこはあきらと総二朗の2人が、入るには躊躇するような店構えだった。
 
綺麗に掃除はされているようだが、年季の入った店構え。
すりガラスのはまった木製の引き戸。
少しくすんだ藍色の暖簾の端に、小さく「お好み焼き」と白抜きで書かれている。
店の脇の窓からは煙と共にソースの匂いが漂っていた。
躊躇う2人をよそにつくしと類は早く入ろうと、扉に手をかけていた。
慌てて後を追う総二朗だったが、あきらのほうは店の様子に見入ったまま動けないでいた。
しかし3人が中に入ったことに気付くと覚悟を決めて中へと入っていった。
 
店の中は思ったよりも綺麗であきらはほっとした。
夕方まだ早い時間だというのに店には他にもお客がおり、雰囲気も良かった。
3人を探すとすでに奥の掘りごたつの席についている。
 
あきらが席に着くとつくしは不思議そうに見上げた。
「美作さん、なにしてたの?早く注文しようよ」
「あ、あぁ」
嬉しそうにメニューを見るつくしをよそに、あきらはいまいち落ち着けないでいた。
「くくっ。あきらおどおどしすぎ」
「あきらは神経質だからな~」
その性格を良く知っている2人は笑いながらあきらを見ていた。
「仕方ないだろ、こういう店に来たことないんだから。
なんでお前らそんな寛げんだよ・・・」
「ねぇ、注文していい?食べたいものある?」
ため息交じりのあきらの声など気にもしていないつくしは、食欲を抑えきれずそわそわとしていた。
「俺はいいよ。わかんないし。牧野頼んでくれ」
「俺も。牧野にまかせる」
「俺も」
「そう?じゃあやっぱり定番の豚玉だよね。あと、ここはネギ焼がおいしいんだよね~」
3人の言葉を聞いたつくしは定員を呼びとめ、すらすらと注文する。
「・・・こんなとこかな?あとビール4つで!!」
「「お前飲むのかよ?」」
「あったり前でしょ?お好み焼きにはビールよ!高校生のときは何でビールって思ってたけど。飲めるようになるとこの2つの相性の良さが分かるんだよね。」
普段自分から飲むことの少ないつくしが進んでビールを注文することに驚いた3人は、つくしがそこまで言うお好み焼きに段々期待していった。
 
「お待たせしました。こちら豚玉になります」
「きゃ~!!来た来た」
定員が持ってきた器には細かく刻んだキャベツの上に、ざっくりと切られた豚肉が乗っていた。
「確か混ぜて焼くんだよな?」
「そう!これはあたしが焼いたげるね。やりたかったら次のやっていいよ?」
「あぁ・・」
「牧野に任せる」
「俺やりたい」
手早く中身を混ぜるつくしを食い入るように見つめながら3人は返事をする。
鉄板に生地を載せる。
「後はしばらくしたらひっくり返して、反対側も焼けたら食べれるよ」
にこにこと嬉しそうなつくしをよそに、3人は初めてまじかで見るお好み焼きに釘付けだった。
「あれ?そういやビール来てないんじゃないか?」
煙の昇る鉄板を見つめていた総二朗が気がついて言うと、つくしはそのことにも嬉々として答えた。
「そうなの!この店はね、ビールを頼んでも初めの一枚が焼けるまで持ってこないの。初めに持ってきちゃうと鉄板の熱で温まっちゃうでしょ?だから後から持ってきてくれるの!」
「へ~、意外とサービスいいんだな」
「意外とって何よ?こういうとこにもこういうとこなりの心遣いってもんがあるのよ!
あっそろそろひっくり返そうか?」
いつもより饒舌なつくしの言葉に3人は顔を合わせる。
「そういえば、さっきもひっくり返すっていってたけど。」
「こんなのどうやってひっくり返すんだ?」
「これ使うんじゃなかった?」
類は自分の手前にある大きなへらのようなものを持って言った。
「そうよ!これでこうやって・・・」
つくしは両手にそれぞれへらを持つとお好み焼きの下にいれ、せーのというと思い切りひっくり返した。
「「「!?」」」
「お好み焼きは食べるまでも楽しいのよね~」
つくしの行いを驚愕の眼差しでみていた3人は、確かになぜか興奮するような気持ちを感じていた。
「牧野。次俺にやらせて。」
「あっ、おれもやってみたい」
「はいはい、でも一枚につき一回だけだから次のやつね。
気をつけないと崩れちゃうからね~」
3人は始めてまじかでみるお好み焼きと、それを作る作業に夢中になっていった。
 
「ビールお待たせしました」
「あっビールきたよ!じゃあとりあえず乾杯しよっか?」
「お~そうだな」
「ん」
「よし、俺らの始めてのお好み焼きに」
「「「「乾杯!!!!」」」」
 
「ん~、おいしい!」
「俺すごい腹へってきたかも」
「俺も」
「でしょ?作ってる間にどんどんお腹減ってくるのよ」
「牧野もう食べていい?」
「ん、もう焼けたみたいだしね。じゃあ仕上げに・・・」
そういうとつくしはソース、青海苔、鰹節とどんどんかけていった。
こぼれたお好み焼きが鉄板の上でじゅわっと音を立てると香ばしい匂いが立ち込めていった。
つくしが4等分し、それぞれお皿にとる。
「「「「いただきます」」」」
4人は声を揃えて食べ始めた。
 
 
 
「は~、食べたな~」
「あぁ、もう無理だ・・・」
「俺も」
「で?どうだった?」
 
 
 
最初の一口を食べたとき、一瞬3人は無言になりつくしは急に不安になった。
『やっぱり皆の口には合わなかったのかな?』
そう考え不安そうに3人を見回したつくしだったが、すぐにそんな考えは変わった。
「うまい!!」
「あぁ!ソースも結構いい味してる」
「牧野、次の焼こうよ」
3人は一口食べた後顔を上げると、口々に褒め始めた。
「これは確かにビールに合うかも」
「だな、味が濃いからビールもうまく感じる」
「でしょ?合うんだよね、お好み焼きとビール!!」
「牧野、次のやつ」
 
 
最初の一枚を食べ始めてから1時間。
4人は次々くるお好み焼きを食べていった。
混ぜたり、焼いたり、ひっくり返したりと3人とも自分がやろうとした。
類と総二朗はひっくり返すことに夢中で次は自分だとへらを奪い合い、あきらはいかに綺麗に最後の鰹節を乗せるか必死になった。
 
1時間の間にかなりの量を食べた4人は、満足しきった表情をしていた。
つくしは食べている最中の様子で、3人がお好み焼きを気に入ったことは分かっていたが、最後にきちんと聞いておきたかった。
 
 
 
 
「で?どうだった?」
 
「あぁ、思ってた以上にうまかった」
「だな。味もそうだけど、確かに匂いもいい」
「作るのも面白いよね」
「本とに?やっぱり皆の口には合わないかなってちょっと思ったんだよね」
「いや、これはまじでうまかった。たまには牧野の言う庶民の味ってのもいいな」
「あぁ、俺今度彼女と来ようかな。あっ、あきらは無理だな、マダムが相手じゃ」
「お前の相手だってそうだろ?総二朗に誘われたら、女はいい店に行くもんだと思うんじゃないのか?」
「まぁそれもそうだな。やっぱこういうのは牧野とだな」
「そういうことだな」
「ちょっと・・・  なによせっかく連れてきてあげたのに!それって暗にいい店じゃないって言ってるわけ?もう一緒にこないわよ!?」
「俺また食べたい」
4人はそれぞれの感想を言い合い、笑いながら時間が過ぎていった。
 
 
 
お腹が落ち着き4人が店を出る頃にも、つくしの顔はまだ赤いままだった。
「おい、牧野大丈夫か?」
つくしの状態に気付いたあきらは心配になり、声をかけた。
「大丈夫!ちょっと酔ってるけど、顔が赤いのは鉄板のそばにずっといたせいだから!」
「そうか?それならいいけど」
「それより美作さん、初め店の感じに引いてたでしょ?」
「!?気付いてたのか?」
「あきらの態度なら誰でも気付くだろ」
「まあね。店見て躊躇してるのわかったし、お店の中でも落ち着きなかったし。」
「まぁな。あんまり入ったこと無い感じの店だったし。でも食べ始めたら気にならなくなったよ。こういうのを小奇麗なトコで食べても同じようにうまいと感じると思えないしな。」
「うん。そうなんだよね。こういうのってやっぱり雰囲気も大事だしね」
「俺は結構好きだけど」
「類は牧野と一緒ならどこでもいいんだろうが!」
「うん」
「「・・・類」」
 
ため息を吐く2人と、微笑んだままの1人。
それに赤い顔のつくし。
4人それぞれの表情で『初お好み焼き』は終了した。
 
 
 
 
後日、類から送られてきたお好み焼きの写真を見た司から、つくしに怒りの電話がかかってきた。
当然、司が帰国した暁には2人でお好み焼きにいくことを約束させられたつくしだった。
 
 
 
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