バレンタイン

 

 

 

『早く帰らないと。今日の夕飯は誰の当番だっけ?』

すっかり空腹になっている体で夕飯のことを考え、おなかが鳴りそうになる。

『これじゃ道明寺に食い意地張ってるって言われてもしょうがないな』そう考えると苦笑し、家に急ごうとした。

 

商店街を抜けようとし、アーケードに足を踏み入れると、いつもと雰囲気が違っているのを感じた。

『何だろ?なんかいつもより派手な感じがする?』

そう考えよくよく店を見てみると、飾り付けのしてある店にこう書いてあるのが目に入った。

 

214日 バレンタインディ』『製菓用チョコ割引中!』

 

2月に入り1週間も過ぎていた今日、来週に迫ったバレンタインに向けて、菓子類を扱う店には宣伝文句と、可愛らしい飾り付けがされていた。

店によってはクリスマスの飾り付けを使ったような店もあったが、個人商店としては精一杯なのだろう。

いつもと何が違うのか気付いたつくしは納得した。

『そうか、もうすぐバレンタインね。』

つくしはもともとこういう行事には縁が無かった。あげる相手もいないのでは参加のしようがなかったのだ。一応毎年買ってはいるが、それは弟と父親にあげる分だけである。それも日付が変わり安くなったものをワゴンで買うぐらいである。

たとえ可愛らしく飾り付けられた店を見てもなんとも思わなかった。

しかし、今年のつくしは違った。

ふと目に付いた本屋に近寄り、店頭に並べてあったバレンタイン用の菓子作りの本を手に取る。

『あいつにあげたほうがいいのかな』

頭に浮かんだ人物にチョコをあげる自分を想像してみる。しかしどう考えてもしっくり来なかった。

『まぁ、あいつ甘いもの嫌いだしね。やっぱりいいか』

そう考えると本を閉じ家に向かった。

 

次の日学校に行くと花沢類からメールが来た。

『今日昼休みにカフェにいるから』

つまり来ないかということなのだ。

そのメールを見たつくしは昨日みたバレンタインのことを聞いてみようと思い、昼にカフェに向かった。

 

「「よっ、牧野」」

「おはよう牧野」

「おはよう、ってもう昼だけどね」

席に着くなり時間を無視した挨拶をされたつくしだが、いつものことなので気にするそぶりは無い。

つくしが持参した弁当を開くと総二朗から話しかけられた。

「牧野さ、もうすぐ何の日か分かってるよな?」

「もうすぐ?あぁバレンタインのこと?知ってるわよ、昨日気付いたもん」

「昨日ってお前・・・」

つくしの女性らしからぬ言葉にあきらはがっくりしている。

「じゃあさ牧野は司にチョコやるんだよな?」

「う~ん、あげなくてもいいかと思ってたんだけど」

知ってたならば話は早いと総二朗が聞くが、つくしの口からは期待を裏切る返事が返ってきた。

その言葉に二人は驚きと共に青ざめた。

「「ちょっとまて」」

「なっ、なによ?」

「お前本気か?」

「だってあいつ甘いもの嫌いじゃなかった?だから別にいいかなって?」

「あまい!!そんなこと関係ないんだよ!」

「そうだぞ?司はどう考えてもチョコをほしがるに決まってるだろう」

「でもさF4だったら学校中から貰うんじゃないの?」

「「司が他のやつから受け取るわけ無いだろう!」」

二人の大げさな反応に吃驚しながらつくしは昨日考えていたことを口にした。

「いいか、司はお前に異常なほど執着してるんだぞ?」

「そうだ、去年までバレンタインなんてウザイって言って、学校にも来なかった。けど今年は絶対に来る。分かるか?」

「そう、牧野からのチョコを受け取るためだけにな」

「なのにお前がやらないなんてことになったらどうなると思う?」

「・・・どうなんのよ?」

二人の脅すような口ぶりにおそるおそる聞いてみる。

「「もちろん大暴れ」」

「なっ!?たかがチョコで・・・」

「そこがあまいんだよ。あいつの性格を考えろ」

「まぁ周りに当り散らすよな」

「怪我人が出るのは確実・・・」

「おまけにあらゆるものが破壊されてくな」

「「全て牧野がチョコを渡さないからだ」」

「・・・・・」

「「いいのか?」」

「・・・・分かったわよ、あげればいいんでしょ?」

「そうゆうこと」

「これで俺らもとばっちりを食わないな」

二人の厭味な笑いを尻目につくしは箸をすすめていった。

「牧野。俺もほしい」

「は?」

「チョコ」

「「もちろん俺らも」」

「・・・・・」

にこやかにチョコを要求してくる3人にため息をつきながらつくしは頷いた。

面倒なことこの上なかったが、今後司のことでこの3人から助けてもらうことを考えると賄賂ぐらい必要だと自分を納得させた。

 

司にチョコを渡すことを決めたつくしだったが、甘いものが嫌いな人間に何を渡したらいいのか考えていた。

学校の帰り優紀に相談しようと、学校帰りカフェで待ち合わせた。

待っている間色々考えてみたがいいものが浮かばない。困り果てて手にしたカップをぐるぐる回していると、あることに気付いた。

ふと思ったことだが、遅れてきた優紀に話すと「すごくいいと思う」と賛成してくれた。

自分の考えに嬉しくなったつくしは当日のことを考えて楽しくなり始めた。

 

バレンタイン当日、F4は大学のカフェにいた。

チョコを受け取る派のあきらと総ニ朗の周りには綺麗にラッピングされたたくさんのお菓子が山済みされていた。

司と類は恐れつつ渡してくる女の子をことごとく無視してきたので、なにも持ってはいない。

司がいることで今はあきらや総二朗にチョコをわたしにくる者もいない。

ふたりが貰ったチョコの数がいくつになるか競おうと話している横で、司は落ち着きがなくなっていた。

今日は朝から気分の変化が大きかった。明らかに機嫌が良さそうなのに、次の瞬間にはイライラし始めたりと。

3人は司の様子に気付いていたが、その理由も分かっていたので敢えてふれる気もなかった。

司への対応策はすでにうってある。あとは待つだけなのだ。

 

4人が思い思いに過ごしていると、突然今まで寝ていた類が起きだした。

「牧野がくる」

一言だけそういうと、思い切り伸びをした。

司がその言葉に文句を言おうとしたとき、言葉通りつくしが現れた。

「おはよう、牧野」

「おはよう花沢類」

さっきまで寝ていたというのを感じさせないような笑顔をつくしに向けて挨拶する類。

その様子をイライラした様子で見ていた司は二人の間に和って入るように話しかけた。

「おい、牧野」

「なによ?」

「俺に渡すもんがあるだろう?しかたねぇから貰ってやるぞ」

「・・・あんた、人から物貰おうってのにその態度は何なのよ」

あくまで上からの司の物言いにむかつき反論したつくしだったが、そこは見ていた二人にあっさり抑えられてしまった。

「まぁまぁ、司は照れてんだよ」

「そうそう、素直じゃないか・・・  いてぇ!」

「うるせえ、余計なこというんじゃねぇ!」

「もういいわよ、あんたもすぐ人のこと殴るんじゃない!」

「牧野もう司にはあげなくてもいいよ」

「類てめぇ!!」

「うるさい!!もういい、さっさと手出しなさいよ!」

「おい、まさかこいつらにもやんのか!?」

「そうよ、文句ある?いつもお世話になってるんだしそのお礼よ」

「そんなもんやる必要はないだろうが!俺だけによこせ!」

「あ~うっさい!これ以上なんかいうなら、あんたにはもうあげないからね」

4人のやり取りにうんざりしたつくしはさっさと渡すものを渡して立ち去ろうとした。

つくしの言葉に4人はそれぞれ違う表情で手を出した。

司も最後のセリフに渋々手を出した。

 

つくしは4人がおとなしくなたのを見ると用意していたものを取り出した。

かばんから出したそれは紙コップだった。

「「紙コップ?」」

「?」

「なんだこれ?」

不思議そうな顔の4人は無視し、つくしは更にかばんに手を突っ込んだ。

次に出したのは大きな水筒。

つくしは得意げに4人のほうを向くと

「熱いから気をつけてね」といい中身を注いでいった。

4人はつくしが注ぎ終わるのを待って話しかけた。

「・・・なぁ」

「もしかして」

「これがチョコ?」

「・・・・」

4人のわけが分からないといった表情を見たつくしは満足げに笑った。

「そうだよ。のんでみて」

そういうとつくしは自分もといってもう一つ紙コップを取り出し自分用に注ぎ始めた。

つくしにいわれ4人は恐る恐るコップの中身に口をつけた。

見た目や色はコーヒーのような気がするが、匂いに何か甘いものを感じる。

なんだか分からないものを口にした4人は一口飲んで顔をあげた。

「「チョコか?」」

「甘いね」

「・・・・」

つくしは自分の分を飲みながら笑って返事をした。

「そうだよ、コーヒーにチョコが入ってるの。まだ寒いから暖かいものがいいと思って。

それにこれならあんまり甘くないでしょ?」

 

つくしがカフェで気がついたのはこのことだった。

手にしたカフェモカを見ていて気付いたのだ。

これなら手間もかからないし金額もたいしたこと無いんじゃないかと思ったのだ。

実際には思いついてから数日、準備や練習で手間はかかっているのだが。

 

「なるほど、コーヒーのなかにチョコかぁ」

「へ~、うまいな。カフェモカみたいだ」

「おいしい、おかわりある?」

3人の言葉につくしは嬉しくなり、これにして良かったと思った。

しかし1人だけ不機嫌な顔の男がいた。

「おい」

「なによ?」

「なんで全員同じもんなんだよ!」

「はぁ?」

「だから、なんで俺とこいつらが同じもんなんだよ!お前は俺とつ、つ、付き合ってるんだぞ!?なのになんで4人一緒なんだよ!」

司の言っていることの意味を理解すると、つくしはみるみる真っ赤になっていった。

「なによそれ、あげたんだからいいじゃない!?文句があるなら飲まなくていいわよ!」

つくはそういうと鞄をひっつかんで校舎のほうへ駆け出していった。

つくしの態度に司も真っ赤になって怒り始め

「なんなんだよあいつ!!」

といってイスにドカッと座り込んだ。

その様子を見ていた3人はすぐに司に話始めた。

「おいおい、司今のはないだろ?」

「そうだぜ。あれじゃ牧野可哀相だろ」

「うるせぇ!!あいつが悪いだろうが。それよりお前らも飲むな!!」

二人の言葉に多少罪悪感を感じた司だったが、類の言葉でまたしても真っ赤になって怒り始めた。

「司はなんにも分かってないね」

「なんだと!?俺がなにを分かってないってんだよ!」

「これ、なんだかわかってるの?」

類は司の態度にも動じず手にしたカップを持ち上げた。

「チョコの入ったコーヒーだろうが!んなもんわかってるよ!」

「じゃ銘柄は?」

「・・・・・」

類にいわれた意外な言葉に司は黙り込んでしまった。

「ほら分かってない。いくらチョコが入ってるっていってもちゃんと飲めば分かると思うけど?」

そういう類は嬉しそうにカップの中身を飲み始めた。

それを見ていた司はもう一度自分のカップに口をつけた。

『それほどでもないけど、甘い。・・・銘柄?』

司は確認するように一口飲むと、はっとして類を見た。

「分かった?これいつも司が飲んでる銘柄だよね?結構高いし、あんまり売ってないのに。牧野探したんだろうね。」

類は冷ややかな目線で司を見ると非難するように言葉を向けた。

類の言葉に何もいえなくなった司は居たたまれなくなっていった。

しかしすぐに立ち上がると、つくしの置いていった水筒を掴んで走り出した。

 

司の後姿を見た類は、少しだけ笑うともう一度自分のカップの中のものを飲み始めた。

 

 

『なによあいつ。やっぱりあげるんじゃなかった』

つくしは非常階段の手すりにもたれかかりながら泣きそうになっていた。

『皆と一緒ってなによ。そりゃ同じものあげたけど、中身にも気付いてなかったじゃない』

つくしはカフェで思いついてからの自分を思い出した。

司のいつも飲んでるコーヒーを買うため、道明寺邸でタマ先輩に銘柄を聞いたこと。

普通の店には中々無くて、わざわざ電車で30分もかけて買いに行ったこと。

豆は思った以上に高く、買おうと思っていた洋服を諦めたこと。

家に帰ってチョコの分量を何度も試してみたこと。

大変だったけど、喜ぶ司の顔が見たいと頑張ったのに。

『全然喜んでくれなかったな・・・』

つくしは先ほどの司の態度を思い返し、涙が出そうになった。

 

つくしがうつむいて泣きかけたとき、ふわりと自分の周りが暖かくなるのを感じた。

はっと気付いたときにはつくしは背中から包み込まれていた。

「っわるかった」

絞り出すような司の声が聞こえ、つくしはぼろぼろと泣き出してしまった。

「・・・もういい。いらないなら・・」

「わるかった、ありがとう」

司の言葉につくしは胸が一杯になっていくのを感じた。

「コーヒー・・  気付いた?」

「あぁ。ほんとに悪かった。

てか本とは類に言われて気付いた。俺が一番に気付かなきゃいけないのに。」

「うっ・・ ひど・・ 」

「あぁほんとだな。」

「大体・・ あ、あんた・・・ 高いコ・・ ヒー飲みすぎ・・・」

グスグス泣きながら文句を言ってくるつくしに笑いかけ、司は腕に力を入れた。

「さっきのやつ持ってきたから、二人で飲もうぜ」

「・・・うん」

司の持ってきた水筒を受け取ると、つくしは一瞬黙り、バッと司を見上げた。

驚いた司を引き寄せると、触れるようなキスをしすぐに離れた。

ぽかんとしてる司につくしは真っ赤な顔で笑いかけ

「他の人とは違うものあげたからいいでしょ?」といった。

その様子に司もみるみる真っ赤になっていき、口を手で覆うとそっぽを向いてつぶやいた。

 

 

「お前って本とすげぇ」

ニコニコと中身の入ったカップを渡してくるつくしを見て、司は来月自分が何をしようかと考え始めていた。

 

Fin

 

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